アーカイブ | 7月 2021

2021年8月1日

私は、戦争に勝ちも負けもないと思っていますが、半藤一利さんの「なぜ明治は勝利し昭和は敗れたのか」という文章があります。つまり日露戦争は勝利し、太平洋戦争は負けたのかという意味です。簡単にまとめると、明治の中枢にいた人たちは開国の時からの経験で列強外国の強さを痛いほど知っていた、それに対して昭和の人たちは無責任で他力本願で安易な考えの方に傾いていったということです。そして、これからの日本は、繁栄を謳歌し、敗戦という辛い経験をしたことのない人たちばかりになることを心配しながら、この世の生涯を終えられました。「日本よ、いつまでも平和で穏やかであれ」。半藤さんの最後の言葉です。岡本正之さんもまた、みんなに「不戦を念じよと」、私たちに教えられたのです。

2021年7月25日

ピシディア州のアンティオケアでのことです。会堂に集まった多くの町の人々がパウロたちの言葉を喜んで聞き、主を信じました。ユダヤ人の中にもパウロたちと語り合い、改宗した人たちがいました。しかし、ユダヤの人々はその有様を見て妬み、口汚くののしってパウロの話すことに反対しました。話の聞ける人と聞けない人がいます。パウロたちは、迫害を受け、その地方から追い出されました。これをまたきっかけにして、福音は次の町へ宣べ伝えられていくことになります。主の不思議なみ業は続きます。

2021年7月18日

「バルナバはそこに到着すると、神の恵みが与えられた有様を見て喜び、そして、固い決意をもって主から離れることのないようにと、皆に勧めた。バルナバは立派な人物で、聖霊と信仰とに満ちていたからである。こうして、多くの人が主へと導かれた」(使徒言行録11:23-23)。バルナバは慰めの子という意味です。バルナバなくして、大伝道者パウロは生まれませんでした。忠実なエルサレム教会の信徒でした。迫害者サウロを教会のメンバーに紹介し、故郷に逃げていったサウロを探し出し、アンティオキア教会に迎え入れました。バルナバは、教会員の関係をつくる人でした。主から離れることのないようにとの勧めは、私たちにも語られている言葉です。

2021年7月11日

サウロの人生を変える大きな出来事が、ダマスコ途上で起こりました。「主よ、あなたはどなたですか」。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである」。「サウル、サウル」とイエス様からの優しい呼びかけの中で、強い光で目が見えなくなり、自分一人で歩くことさえできなくなったサウロは、こうして主のお働きによって、回心したのでした。ただただ主の恵みでありました。

2021年7月4日

「わたしたちの主イエス・キリスト御自身、ならびに、わたしたちを愛して、永遠の慰めと確かな希望とを恵みによって与えてくださる、わたしたちの父である神が、
どうか、あなたがたの心を励まし、また強め、いつも善い働きをし、善い言葉を語る者としてくださるように」(Ⅱテサロニケ2:16-17)。この言葉は、高慢に振る舞い、自分を神とする不法の者が教会をかき乱すことを知って、パウロがテサロニケの教会のために祈り続けた言葉です。教会はいつの時代もサタンの力に襲われています。互いに祈り、励まし合っていきたいと思います。