アーカイブ | 11月 2020

2020年11月29日

私たちは、イエス様をどのような方として信じていますでしょうか。本当に、自分の罪を赦して下さる方として信じて、感謝しているか、ということです。深く自分の罪を見つめる中で、イエス様の御生涯を思うとき、イエス様に起こった一つ一つのことを思うとき、イエス様のお言葉の一つ一つを思うとき、イエス様が私を救って下さったことが分かるのでしょう。パウロのように自分こそが罪人の頭だと告白することとなるのでしょう。自分の罪の深さを本当に知らされて、人のことをなんだかんだと言えた義理ではないと分かって、謙虚になること、ただただ悔い改めて生きるところに赦された救いの喜びが与えられると思います。(ガラテア2:20)

2020年11月22日

「イエスが死んで復活されたと、わたしたちは信じています。神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます」(Ⅰテサロニケ4:14)。イエス様は、真の神様ですから復活されるのは当然のことです。死の力を打ち破ってくださり、新しい命へと復活されました。それは、私たちの罪を赦すため、私たちを新しいものへとつくりかえてくださるためでした。生きる望みと希望を与えてくださるためでした。新しくされた私たちは、すでに眠りから導き出されたのですから、未だ罪にまみれたこの世にあって、真の平和を実現するための働きに与っていきます。

2020年11月15日

「人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」(マルコ10:45)。私たちは一方的に神様を敵に回し、やりたい放題をしていました。神様は、そういう私たちとイエス様の命を持って和解して下さいました。自分ではもはや神様のもとへ帰ることがきなくなっていたからです。神様のもとに帰らなければ、まともな人間になれません。十字架のみ業の恵み、神様の恵みに与らせていただきましょう。

2020年11月8日

「大祭司は、自分自身も弱さを身にまとっているので、無知な人、迷っている人を思いやることができるのです」(ヘブライ5:2)。イエス様は、神様と私たちの間をとりなす大祭司です。私たちと同じ体をまとってくださいました。私たちの弱さを全て知ってくださるためでした。さらに、ご自身の血を持って、私たちをあがなうために、十字架でご自身を捧げられました。十字架の上で、私たちの罪が赦されるように、神様に執り成して下さったのです。