アーカイブ | 7月 2024

2024年7月28日

夏の日差しは、紫外線量が多く、長時間浴びると日焼けしてしまいます。日焼けは、皮膚ガンにもなり得るので、紫外線対策のクリームを塗ることが勧められています。しかし、全く紫外線を浴びないと体内でカルシウム吸収を助けるビタミンDを生成することが出来ず、骨がもろくなってしまうとも言われています。冬は極端に日照時間が短くなる北海道では、夏は15分程度、日光浴をしましょう、と勧められることもあるようです。古代社会では現代医学における紫外線の必要性は知られていませんでしたが、太陽の光が人間にとって有益であることについては、経験的に知っていました。旧約聖書のマラキ書4章2節では、太陽が義と癒やしの象徴とされています。新約聖書のヨハネの手紙第一1章7節では、光の中を歩む人は罪から清められる、とされています。罪から清められるということは、人として身体だけではなく、心や魂を含めた全人格が健全な、神さまの御心に適う状態へと回復されるという意味です。適度に日光を浴びつつ、神さまの愛と正義の光をたっぷりと浴びて、健やかな人生を歩んでまいりましょう。

2024年7月21日

詩編23編は、短くも美しい詩の一つです。作者ダビデは、旧約聖書のサムエル記の時代、イスラエル王国を再統一した英雄王です。ダビデは、羊飼いの末息子として生まれ育ち、さまざまな困難を乗り越えて成長し、素晴らしい活躍をしました。ダビデの人生における苦悩は、人間関係でした。ダビデ自身はカリスマ性もあり、大変魅力的な人物でしたが、上司となるサウル王に妬まれて命を狙われ、妻ミカルと親友ヨナタンから遠く離れることとなります。敵国であったペリシテの国の客員将軍となり、裏切りを警戒されながら過ごします。イスラエル王となった後は、子ども達が憎み、争う姿を見なければなりませんでした。また息子アブサロムに国を奪われ、奪い返す戦いの中で息子の命を失うことにもなります。羊飼いのころの経験によって、神さまを羊飼い、自らを一匹の羊になぞらえる23編の詩は、ダビデがまだ若く、未来に希望を抱いた時に作ったものかも知れません。しかし、苦難の中で自らの詩によって、いついかなる時も人生を導いて下さる神さまへの信頼を思い起こし、勇気付けられていたのではないでしょうか。神さまは苦難や罪深さや弱さ、人生の欠けたるあらゆるところを満たして下さる、恵み深き方です。

2024年7月14日

暑い夏の日には、相応しい服装があります。もし真冬の服装をしていたら、健康を損なってしまうでしょう。イエス様を信じて生きる、キリスト者となった人は、人生の新しい季節を迎えます。季節ごとに相応しい服装に着替えるように、キリスト者になった人は、以前の人生から相応しい人生へと変えられていきます。親が幼子のために季節ごとの服装を用意してくれるように、神さまはキリスト者となった人々に相応しい生き方を、「神にかたどって造られた新しい人」すなわちイエス様の十字架の人生と教えを通して備えておられます。17節では「異邦人」という言葉がありますが、これは外国人という意味ではなく、おそらくキリスト者ではない人々、という意味でしょう。この手紙の送り先である教会のあるエフェソ市は、道徳的腐敗が町全体の常識となっていたとも考えられています。しかし、世の中の多くの人たちがしていることだからといって同じ事をするのではなく、キリスト者は神さまに備えられている、清められた新しい人生を歩むことがキリスト者らしい生き方なのだと言われているようです。神さまは、伝統がなくても、新しく清潔で、健全な人生へと招いて下さる方です。

2024年7月7日

出かけようと思ったら、鍵がない、財布がない、と必要なものが焦ってしまったことはあるでしょうか。大事なものが見つからない時には、家の中で散らかっている場所を片付けていくと、見つかる場合があります。イエス様は、一人の罪人が悔い改める時、天使たちは大事な探し物が見つかった時のように喜ぶのだと言っておられます。この場合の天使たち、という表現は、天国全体とか、もちろん天使たちの主である神さまも含まれる表現です。天使たちの中には、すでに天国に召されている人々、という意味もあるかも知れません。一人の人間、しかも罪人という存在は、世界全体からすればほんの小さなものに過ぎませんが、神さまと神さまを信じ仕える存在にとっては、一人一人がとても大事で、見つけようと家中を片付ける手間をかけるに価値のある存在なのです。罪を悔い改めるということは、一人一人が自分自身の決断として行うことです。しかし、荷物に覆われたり、家具の隙間に落ちて闇の中にある銀貨が、探し出そうとする人によって光の中に見いだされるように、神さまの側から人の心と人生に救いの光が当てられる時、人は自ら気がついていなかった心の中にある罪に気付き、悔い改めへと導かれます。神さまは日々、人を悔い改めへと導き、天使たちと共に喜んで天国へと招いて下さる方です。