すべての悪が滅ぼされ、神様の完全な国、ご支配が実現する時を「終わりの日」、終末と言います。救いの完成です。その時、体の復活と永遠の命をいただきます。その保証は、イエス様の復活です。「イエスは、わたしたちの罪のために死に渡され、わたしたちが義とされるために復活させられたのです」(ローマ4:25)。私たちも復活に与ります。罪との戦いはまだ続きますし、自分の弱さに涙することもしばしばですが、イエス様の救いのお約束を信じ、生きていきましょう。クリスマス、おめでとうございます。
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2018年12月16日
私たちは今、アドベントの時を過ごしています。これには二つの意味があります。キリストとしてこの世界にお生まれ下さったクリスマスと天にお昇りになったイエス様が再びお出でになる時です。それは、終わりの日、裁きの日です。生けるものと死ねるものとに分けられます。滅びを免れるよう、救いに入れられるよう祈り求めなければなりません。私たちには、イエス様が特別な恵みをもって、私たちの罪を覆って下さるという希望が与えられています。だから終わりの日を待ち望むのです。
2018年12月9日
聖餐式は、パンとぶどう汁を分け合う簡単な儀式ですが、その内容は大きく深いです。イエス様が十字架で肉をさき、血を流して下さったので、私たちは罪赦され、天国に招き入れられ、永遠の命をいただいたのです。そのことを覚え、感謝します。また聖餐を通して、イエス様との交わりに入れられ、私たちは教会員同士、互いに愛し合い、赦し合い、仕え合うのです。再臨の日のイエス様との食事の先取りでもありますから、復活の希望を心の中に刻みます。心して聖餐に与りましょう。
2018年12月2日
バプテスマは、罪が赦され、キリストの死と復活に合わせられ、新しい人に生まれかわるしるしです。教会は、そのバプテスマを受けた人の集まりとして目に見ることができます。その恵みをいただく人が更に与えられることが私たちの喜びです。すべての人々をイエス様の弟子とし、バプテスマを授け、互いにイエス様の教えを守るように伝えていくことが私たち、教会の使命です(マタイ28:19-20)。
2018年11月25日
バプテスマと聖餐が聖礼典と呼ばれます。神様の子どもとされたしるし、神様の子どもとして生かされているしるしです。そのお約束のしるしであり目で見ることのできるものです。イエス様がバプテスマを受けられました。必要のないことですが、罪人の側にその身を置いてくださいました。それによって私たちはイエス様と結ばれることができたのです。聖餐も、十字架によって立てられる新しい契約と言っていただき、私たち罪人もイエス様の交わりに入れられたのです。
2018年11月18日
教会が宣べ伝える福音は、「罪の赦し」です。イエス様の十字架と復活によって、神様との関係が回復し、私たちは新しくされました。「罪の赦し」から、いろいろな良いものが与えられました。体のよみがえり、永遠の命、たくさんの聖霊の実です。自分の罪に苦しみ、泣いたものは、イエス様を信仰によってその罪が覆われ、慰められ、救われ、イエス様と共に歩みだすのです。
2018年11月11日
教会はみ言葉を宣べ伝えていきます。外へも運ばれていきます。そしてみ言葉が人々を教会に集めます。イエス様と出会わせていただく言葉がみ言葉です。私たちは、神様からの手紙です、とも教えられています(Ⅱコリント3:3)。聖霊のお働きの中で、あなたは神様に愛されていますと、語っていきましょう。
2018年11月4日
神様は私たちをお集めになって教会をつくられました。その目的は、私たちが霊と真実をもって礼拝することです。み言葉が正しく語られ、聖礼典がみ言葉によって正しく行われるところに真の礼拝があります。そして、み言葉を宣べ伝えていくことが教会のなすべき業です。「しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。」(ヨハネ福音書4:23)
2018年10月28日
教会は、人間の願いや希望でつくられたものではありません。イエス・キリストによって集めら、つくられたのですから、教会の主はイエス様です。キリストから離れたらもはや教会ではありません。主のみ心のままに働かねばなりません。教会はキリストの体です。全世界、全ての時代の中で集められた一つの教会があります。「聖なる公同の教会」です。キリストが頭ですから永遠に続きます。そして、バプテスト教会は、それが目に見えるかたちとして、個別教会にあらわれると告白するのです。ここがバプテスト教会最大の強調点です。イエス様を愛することは教会を愛することです。
2018年10月14日
私たちをお創りになった神様は、み子イエス・キリストにおいて罪から救い、聖霊において神様との交わりの中に入れてくださいました。父、み子、聖霊の神様は、本質は一つですが、三つの在り方で私たちに働きかけてくださいます。それは神様の深い恵みと自由さによります。「人の知識をはるかに超えるこの愛を知る」(エフェソ3:18-19)ことができるようにしてくださるためです。