2024年6月23日

「健全な精神は健全な肉体に宿る」という言葉がありますが、人間は健やかな体でも不健全な心の状態になることもあります。本来この言葉は健やかな身体に健やかな魂が願われるべきである」という表現であり、人間の実態はそうではないことを認め、理想として外側だけではなく、内側の健やかさをも願い求めるべきではないか、という問いかけなのだそうです。イエス様もまた、身体的な健康と心の健康状態については区別するべきだと教えておられるようです。イエス様はマタイによる福音書15章18節で人の心を不健康にするのはその人自身の心であること、そして具体的に心の健康・衛生状態が悪化する理由としては悪口など、心から出てくる言葉の問題を指摘しておられます。怒りや悪意が心に起こること自体を止めることは出来ないかも知れません。しかし、隣人愛によって忍耐し、言葉として相手を傷つけないように配慮するとき、その人の心は、健康な胃腸が食べ物を正しく消化するように、自分の思いを消化して清潔さと健康を保っているのかも知れません。胃腸の弱るように心弱る時にお薬を飲むように、心汚す思いの消化を助けてくださるイエス様のお言葉をいただきましょう。

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