2019年10月13日

本日の修養会テーマは、「どうしてメシアはダビデの子なのか」です。わたしたちにとって救い主は、どなたですか、どういうお方ですか、というテーマです。「主は、わたしの主にお告げになった。」とダビデ自身が言っているとは、神様が、私の救い主・キリストに告げたということです。ダビデの子であるものが「私の主、私のメシア、救い主」というのはおかしくはないですか、とイエス様は言われました。ダビデにとって、私の主とお呼びする方が、私の子、子孫などというはずはないと言われています。私たちは、イエス様がキリスト様であると知っていますが、この問答がなされているときは、誰もが千年前のかつてのダビデ王朝が再興されることを悲願としていました。目の前のイエス様をキリストとは考えていませんでした。イエス様は、ダビデ王を超える方がいらっしゃるのだとお語りになったのです。しかし、聖書はダビデの子孫としてイエス様がお生まれになりましたと記しています。私たちの信仰でもあります。「御子に関するものです。御子は、肉によればダビデの子孫から生まれ、聖なる霊によれば、死者の中からの復活によって力ある神の子と定められたのです。この方が、わたしたちの主イエス・キリストです。」(ローマ1:3-4)どうしてメシアはダビデの子なのでしょうか。みんなで話し合いましょう。

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