大阪堺に岡村平兵衛さんという人がいました。彼は、1889年から14年間、千名以上のハンセン病の患者さんを救護、家に24時間風呂をつくり、体を温め、きれいにしてあげました。まだ、私立、公立の保養院、療養所ができる前です。後に彼は、家業の丁子油から大風子油を精製しました。戦後、プロミンができるまでは、これがハンセン病の薬となりました。家族には、「素手で触っても絶対にうつれへん」と何度も言っていたそうです。地元の人の通報で自宅救護ができなくなり、後に御殿場につくられた神山復生病院に自らもお遍路さんの白装束を着て、患者さんを送り届けました。平兵衛さんは、キリスト者で、堺の教会堂建築にも協力しました。