2020年6月21日

「イエスは言われた。『わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。』」

(ヨハネ14:6-7)

私たちは、神様を見ることも知ることもできません。神様の中にありますから、神様を捉えることはできません。神様につくられたものですから、創り主を理解することはできません。しかし、神様が、私たちにご自身をお示しになってくださいます。私たちの方から神様の方へは行けませんが、神様がおいで下さり、語りかけて下さり、神様にお会いすることができます。

そして、イエス様こそが神様の代わりに私たちのもとに遣わされた方で、神様ご自身をお示しになられ、神様の言葉となられた方です。イエス様を知っているなら、神様を知ることになるとあります。イエス様が道となってくださり、イエス様を通ることによって、私たちは神様のもとに行くことができるのです。

太陽や月や星、その他、自然にあるものを神様として礼拝することを聖書は厳しく禁じています。それらは、神様が造られたものだからです。神様の栄光を現わすものです。そういうものから自分の限界と無力さに気づき、神様を知るということもあると思いますが、そこからは本当の救いには至らないと思います。

十字架にまでお架かりになられたイエス様の愛をしってこそ、私たちは救われるのです。無から有を創り出される神様は、イエス様を知ることによって本当にわかることと聖書は示しています。

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