新約聖書の時代、信仰熱心な人は週に2回以上断食していたようです(ルカ18:12)。この場合の断食とは祈りの一種であって、健康のために行うダイエットとは違います。信仰熱心な人たちにとって、たびたび断食をするということは、信仰熱心さの象徴であり、賞賛に値する行為とみなされていたようです。しかしイエス様は誰かの賞賛を得るために祈ったり、善行を積むのではなく、人が見ていても見ていなくても、賞賛されてもされなくても、どんなときでも祈り、善行を積む人が、神さまを信じて生きる人だと教えておられます。自分が祈る時や善行を積んでいることを誰かに見せびらかして褒めてもらおうとせず、日頃と変わらぬ生活をして、むしろ人に知られないくらいが良いということを、「顔を洗い、頭に油をつける」という日常の身だしなみの表現を用いて教えておられます。誰かと、あるいは何かと比べるのではなく、自分自身の人生の中で出来る祈りと行いを、神さまにお献げしましょう。