「ベタニア」という村は、エルサレムの近くにあった村だと考えられています。イエス様と弟子たちはエルサレムに用事があって北のガリラヤ地方から来るときは、ベタニア村のラザロの家を拠点の一つとしていたようです。「ベタニア」という村の名前の由来については色々な解釈があるようです。しかし古い時代のキリスト教会ではベタニアは「苦悩の家」あるいは「貧しい者の家」とも呼ばれていたようです。また、マタイ福音書26章6-7節では、新約聖書の時代、社会から隔離されたハンセン病患者であったシモンという人物が、ベタニア村にいたという記述があります。そこでベタニア村は「救貧院」のような大規模な福祉施設の場所だったと考える人もいるようです。ヨハネによる福音書12章1-8節の出来事で、貧しい人々という言葉が出てくるのも、ベタニア村が貧しい人々を助ける働きをする場所だったからなのかも知れません。ナルドの香油という高価なものを、どのようにしてベタニア村の女性が手に入れたのかは記されていません。しかし、もしかすると貧しい者はただ憐れまれ施されるばかりだけではなく、イエス様と共に隣人を愛し、誰かに与える幸いな人生へと招かれているという、神の恵みの象徴的出来事だったのかも知れません。