2024年11月10日

イエス様は「ほうとう息子のたとえ」を用いて、罪を悔い改めて神の下に立ち返る人間の姿と、悔い改める前から罪を赦し、受け入れようと待ち続けている神さまの愛を示しておられます。「ほうとう息子のたとえ」は、主人公であるところの「ほうとう息子」が悔い改めて、父の家に戻ってきた後で、父の元で真面目に働き続けていたであろう兄息子の視点が語られています。兄息子は悔い改めて罪赦された弟は大歓迎されて喜ばれているのに、真面目に生きて、大きな罪を犯したわけでもない自分が喜ばれないのは不公平だと怒ります。愛情深い父親は兄息子のところに行って、彼をなだめます。弟の回心を喜ばない兄息子の心の狭さをとがめたりはしません。しかし、もしかすると当たり前すぎて忘れてしまっているかも知れないことを指摘します。兄息子は父といつも共にいる愛の関係があり、また、もはや自分の与えられた分を使い果たした弟息子とは違って、兄息子には真面目に働き続けたことで蓄えられた財産がありました。たとえ話は、兄がなだめられて終わりますが、その後の物語は聞き手が想像します。自分は兄か、弟か、そして今どのように生きていくのか、物語の続きは聞き手の人生の中で語られていくのです。

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