2025年7月6日

太陽は、多くの生き物にとって欠かせない存在です。しかし、真夏の日差しは時に生き物の命を奪うほどに厳しいものにもなります。聖書ではこうした太陽の熱と光を、人間に対して日々の命を与えて下さる神さまの恵みの象徴とすると同時に、神さまの正義の厳しさ、完全さの輝かしさの象徴ともしています。太陽の強い熱と光が、人を苦しめることもあるように、過ちを犯しうる弱さや罪深さのある、全ての人間は神さまの正義と完全さを知り、心が照らされると、罪の裁きの恐ろしさを感じて苦しみを感じることにもなります。正義と裁きが明示されないと、何が罪なのか解らなくなるので、それ自体は必要なものです。しかし悔い改めへと導かれる人には、夏の日差しが遮られ休む日陰のような場所や、渇きを潤す水のような、赦しと愛が必要になります。17節の「小羊」は神さまへ献げる最高の献げ物であり、自分の命によって人の罪を赦し、新たな命を与える存在です。その「小羊」になぞらえられたイエス様が、命の泉の恵みへと人々を導いて下さると記されています。正義と愛の両方がある世界が、イエス様の教えておられ、そして治めておられる天の国なのだと聖書は教えているようです。

Follow me!