律法はもともと神様のお言葉だったので、本来の精神は人を助けるために与えられていたのです。しかし時代が降ると、もともとの意味が忘れられてしまったり、文化や環境が変わったことで、文字通り守る必要がなくなった律法もありました。また口伝律法と呼ばれた聖書には含まれていない掟も沢山ありました。人々は沢山の、時代にそぐわない、厳しすぎる内容や守り方が求められる律法主義に苦しんでいたようです。イエス様はそうした律法主義に反対され、沢山勉強したり、修行のような厳しさの必要な律法の守り方をするのではなく、神様の愛によって自分と他人をいたわることが全ての律法の中心であり、守らない人を厳しく裁くばかりの、神様の愛無しの律法主義では疲れてしまうと教えておられます。イエス様は神様の愛を人生に負う生き方は重さを感じない軽やかさがあり、自分と他人を自ずと生かす生き方へと変えられるのだと教えておられるようです。