2025年8月31日

ガラテヤ書6章7-8節では、肉と霊、両方に報いがあることが示されています。善と悪という表現ではなく、肉と霊と表現されているのは、目に見える事柄と目に見えない事柄という意味があるからでしょう。個人的に道徳的、倫理的に正しい生き方を志すというのは、霊というよりも肉的な部分、自分自身を満足させるために行うということもあるでしょう。しかし、この個所で教えられているのは、個人的に良い人になることの勧めというよりも、神様を愛し、隣人を愛し、互いに助け合うという人間関係が善と表現されているようです。神様の愛に基づき、互いに愛し合う人間関係は、すぐに完全な形で現れるわけではないということは、イエス様を直接知っていた、聖書の時代のキリスト者たちであっても、時に悩みつつ、教会ごとに人間関係の課題を持っていたことからも明らかです。しかし、飽きを感じるほどに、すぐには目に見えるほどに実現しなくても、神様の愛によって互いに愛し、仕える霊的人生が共同体として営まれているならば、必ず豊かな実を結ぶと聖書は教えています。

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