私たちは、イエス様をどのような方として信じていますでしょうか。本当に、自分の罪を赦して下さる方として信じて、感謝しているか、ということです。深く自分の罪を見つめる中で、イエス様の御生涯を思うとき、イエス様に起こった一つ一つのことを思うとき、イエス様のお言葉の一つ一つを思うとき、イエス様が私を救って下さったことが分かるのでしょう。パウロのように自分こそが罪人の頭だと告白することとなるのでしょう。自分の罪の深さを本当に知らされて、人のことをなんだかんだと言えた義理ではないと分かって、謙虚になること、ただただ悔い改めて生きるところに赦された救いの喜びが与えられると思います。(ガラテア2:20)
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2020年11月22日
「イエスが死んで復活されたと、わたしたちは信じています。神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます」(Ⅰテサロニケ4:14)。イエス様は、真の神様ですから復活されるのは当然のことです。死の力を打ち破ってくださり、新しい命へと復活されました。それは、私たちの罪を赦すため、私たちを新しいものへとつくりかえてくださるためでした。生きる望みと希望を与えてくださるためでした。新しくされた私たちは、すでに眠りから導き出されたのですから、未だ罪にまみれたこの世にあって、真の平和を実現するための働きに与っていきます。
2020年11月15日
「人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」(マルコ10:45)。私たちは一方的に神様を敵に回し、やりたい放題をしていました。神様は、そういう私たちとイエス様の命を持って和解して下さいました。自分ではもはや神様のもとへ帰ることがきなくなっていたからです。神様のもとに帰らなければ、まともな人間になれません。十字架のみ業の恵み、神様の恵みに与らせていただきましょう。
2020年11月8日
「大祭司は、自分自身も弱さを身にまとっているので、無知な人、迷っている人を思いやることができるのです」(ヘブライ5:2)。イエス様は、神様と私たちの間をとりなす大祭司です。私たちと同じ体をまとってくださいました。私たちの弱さを全て知ってくださるためでした。さらに、ご自身の血を持って、私たちをあがなうために、十字架でご自身を捧げられました。十字架の上で、私たちの罪が赦されるように、神様に執り成して下さったのです。
2020年11月1日
「神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られました。神は、この御子を万物の相続者と定め、また、御子によって世界を創造されました」(ヘブライ1:1-2)。預言者は、神様のみ言葉をきいて、人々に伝えます。御子であるイエス様は、神様のみ言葉そのものでした。ヘブライの手紙は、「御子によって私たちに語られました」と言います。イエス様がいつもわたしたちとおられることが、神様の恵みです。聖書のみ言葉が私たちを救います。その内容がイエス様だからです。イエス様は、私たちが右にも左にもそれてはならないように、み言葉をもってお導き下さいます。私たちにとって一番おそろしいことは、霊的な飢え渇きです。み言葉をきくことができなくなったときです。わざわざ走り回り、そして自分のことを第一とし、イエス様との時間を過ごすことをおろそかにしてしまうことにないようにしましょう。
2020年10月25日
イエス様は、私たち罪人を神様ののもとへお返し下さるために人間となられました。その目的を果たされるために、イエス様の尊いご生涯がありました。「彼は軽蔑され、人々に見捨てられ/多くの痛みを負い、病を知っている。彼はわたしたちに顔を隠し/わたしたちは彼を軽蔑し、無視していた。彼が担ったのはわたしたちの病/彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに/わたしたちは思っていた/神の手にかかり、打たれたから/彼は苦しんでいるのだ、と」(イザヤ53:3-4)。イエス様は私たちのためにご自分を犠牲にされました。まことの神にして、まことの人なるイエス様だけが成し遂げて下さったことです。イエス様を信じさえすれば、この恵みによって救われるのです。
2020年10月18日
イエス様は、神様でいらっしゃいますが、私たちと同じ人間となってお生まれくださいました。私たちと同じように、悩んだり、苦しんだり、喜んだり、悲しんだりされました。ただ一つ違うことは、イエス様には罪がなかったと言うことです。それは、私たちと違って、徹底的に神様に従順であられたと言うことです。それは、本来あるべき人間の姿を表わしています。そのあるべき姿を失った私たちの間をイエス様はとりもってくださいました。イエス様のご降誕、ご生涯、十字架によって、私たちは神様との交わりを回復することができるようになりました。(ヨハネ1:14)
2020年10月11日
「御子は、見えない神の姿であり、すべてのものが造られる前に生まれた方です」(コロサイ1:15)。イエス様は、神様と同じ本質のお方でいらっしゃいます。イエス様がこの世界にお生まれになったとは、神様が私たちの中へ入ってこられたということです。神様が人となられたのです。ですから、イエス様を神の子キリスト、神様として信じることが大切です。福音書のイエス様のみ言葉やみ業は、イエス様を神様として信じることによって、正しく理解されるのです。イエス様の神様としてのご性質を「神性」と言います。
2020年10月4日
イエス様は、「まことの神にして、まことの神」です。イエス様は、「子なる神さま」と呼ばれます。ですから、地上にあっては、言葉にしても業にしても、私たちと同じはずはありません。罪なく全く清い方で愛と赦しに満ちておられます。今は、この宇宙全てをご支配される神様です。イエス様を見たものは、神様を見たのです。(ヨハネ14:9)
2020年9月27日
ルカ福音書2章にシメオンという人が登場します。高齢と思いますが、歳はいくつか分かりません。シメオンは、メシアに会うまでは決して死なないとのお告げを聖霊から受けていました。シメオンにとりまして、メシアとは、イスラエルを慰めてくださる方のことです。今までの全てのことに意味付けをしてくださるということです。そして、これからのことを全てお委ねできる方という意味です。シメオンは、待ち続けました。そして、ついにその日が来たのです。両親がイエス様を連れてきたときに、シメオンは、イエス様を腕に抱き、神様をたたえる言葉を言ったのでした。「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり/この僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。これは万民のために整えてくださった救いで、異邦人を照らす啓示の光、/あなたの民イスラエルの誉れです」(ルカ2:29-32)。イエス様がこの世界に誕生してくださって、神様の救いのご計画が成就しました。イエス様に出会うことによって、「永遠」の中に生きている自分を知ったのでした。私たちも「永遠の命」をいただいています。