新約聖書の時代、病気や障害を受けることは、神様から罰を受けた、罪深さの証であると考える人が多くいたようです。病が重ければ重いほど、治りにくいほどに、神様の怒りがその人に注がれていると考える人もいたようです。そこでイエス様は、病や障害に苦しむ人を癒やされる時、罪が赦された、と宣言されます。この宣言は、罪深い人とされた病人本人への慰めと励ましだけではなく、身体的には健康な人々へ、どんなに罪が深いとしても神様は赦しの愛を注いで下さるという宣言でもあります。ルカ5:20でイエスさまは、病が癒やされた本人ではなく、連れてきた人々の信仰を見ておられます。周りの助けによっても、神様の赦しの愛は注がれるのです。