童話「王さまの耳はロバの耳」のように、人の心は「秘密だよ」と言われるとなぜだか他の人に言いたくなることがあるようです。マルコによる福音書の特徴の一つに、イエス様がやたらとご自身のなさった奇跡を言い広めないようにと、秘密にしたがって、という様子が記されています。何故秘密にしようとしたのか、その理由は書いてないので、読み手は色々な解釈をしています。イエス様の働きのおもな目的は魂の救いだったので、病気や障害を癒すという奇跡ばかりが期待されるのは目的にそぐわないので、言い伝えることを禁じられたのでしょうか。あるいは奇跡は目の当たりにしないと信じることが困難なので、イエス様の奇跡を言い伝えた人がそのことによって嘘つきよばわりされたり迫害されないように、秘密にするべきだと教えられたのでしょうか。しかしイエス様が秘密と言っても、人々はイエス様の素晴らしさを言い広めました。我慢できなかったのです。開かれたのは話せない人の口だけではなく、喜びの心だったのかも知れません。