秋分の日は、夏と秋の境目の日であり、日照時間と夜の時間が等しくなる日とされています。しかし、ぴったり同じになるわけではありません。ほぼ同じになるのです。太陽と地球の動きからすれば、ぴったりになるはずなのですが、空気による光の屈折によって、実際はちょっと昼の時間が長くなるようなのです。というわけで、天文学的には同じであるけれども、物理学的には少しばかりずれるのです。聖書では、イエス様を信じて救われた人は、神さま側の理屈では完全に救われているのだけれども、人間側の現実では、なお罪を犯して悔い改めを続けている、完全な救いを目指して生きているのだと教えています。しかし、そのように自分にはまだ至らないところがあると自覚し、ひたむきに神さまを求めて生きる人生こそ、完成の中心点へと向かう、ほぼ完成された、実質完成された救いの只中に生きる人なのではないでしょうか。不完全であることは嘆くべきことではなく、むしろ完全を目指し、近づくことが出来る力の源泉でもあり、なによりそのような人のことをイエス様は、すでに天国に住まいを備えていて下さるのだと聖書は励ましているようです。