2025年6月1日

イエス様の癒やしの奇跡には、病気や障害それ自体に対する癒やしという意味と、内面性や社会性など目に見えない部分の癒しという意味が重ねられています。ルカによる福音書18章35–43節は目の見えない人の癒しの奇跡が記されています。しかし、この前の34節では弟子たちがイエス様のお言葉を理解出来なかった、という言葉で終わっています。心の目が見えておらず、神さまの言葉に心が開いていない状態だったのです。この時の弟子たちはイエス様をユダヤの社会的、政治的改革者として求めていたのかも知れません。自分の欲望を満たすための都合の良い救い主を求めている時、人の心の目は見えなくなっているのでしょう。しかし目の見えない人はイエス様を神さまの子ども、全ての人の救い主だと信じてひたむきに癒しを求めました。この人の目が癒され開かれた姿を通して、弟子たちの閉じられていた心の目も開かれ、自分の欲望を満たすためではなく、魂に救いを与えて下さる神さまのお働きに目が開かれていったのではないでしょうか。

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