イエス様は、群れから迷い出た一匹の羊、家の中でなくした銀貨、家の財産を使い潰した息子、これらの価値あるものが、失われたと思っていたのに見つかる時、大いに喜ぶように、神さまは罪人が救われることを喜んで下さる方だと教えておられます。このような発見のたとえ話は、失われていたと思えても、実は本当に消えてなくなったのではなく、人間の側が自分の都合で神さまから離れて、その愛が見えなくなっていただけであり、神さまから近づき、探してくださってので、もう一度神さまの子どもとして、本来在るべきところに収まったのであり、必ずあると思ってなんとしても見つけようとして下さる神さまの、忍耐強い愛が示されています。しかし、今日の箇所ではむしろ人間の側が探すようにと教えられています。人間が何か足りないと思って追い求めている幸いの本質は、すでに神さまによって恵みとして備えられており、そう信じて探し続けるときに、発見することが出来るのだと教えられているようです。