「新しく造られた者」とは、見た目が変わるということではありません。心の向きや生き方が、神さまによって新しくされていく、という意味です。人は誰でも失敗したこと、後悔していること、だれにも言えない傷や罪を持っています。しかし聖書は、キリストによって新しくされた人は、過去にしばられたままで終わらず、変わることが出来ると教えています。「古いものは過ぎ去った」とは、罪に支配されていた生き方、自分中心の考え、恐れや絶望にとらわれていた心が、キリストによって変えられていくことです。すぐに全部が完全になるわけではありません。しかし昨日までの自分と同じように見えても、神さまの前ではもう新しい者として歩み始め変わり始めているのです。自分の力だけで新しくなるのではなく、キリストに結ばれて生きるとき、神さまが与えてくださる新しい恵みに目を向けて歩むことができます。そこに、信仰の大きな希望があります。