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2021年4月18日

「うちの教会はアットホームな教会です」という言葉を聞くことがあります。私は、それを聞くと、さぞ楽しく、和気あいあいとしていい教会なのだろうと思ったりします。しかし、一方でそれでいいのだろうかという気持ちにもなります。自己満足になってはいないだろうかと思います。教会を維持運営するために、牧師を支えるために捧げ、役員が選ばれ、そして、皆で責任を担い、奉仕していく。組織となっていきのですから、アットホームだけでは伝道は進まないだろうと思います。

教会では、一人一人がいろいろな賜物を与えられていることに気づかされ、教会に新しい人を導き、新しい人を育て、バプテスマへと導く、そして、その人の賜物が教会の中で発揮されるようにしていきます。

また、教会は、安心して心癒やされて、元気になるところでもあります。主にある兄弟姉妹として、愛し合い、互いに仕え合うことをイエス様は望んでおられます。

大阪神愛教会は、元気いっぱいの教会と思います。アットホームな部分もありますが、そう見えない部分もあります。神の家族の一員だからと許されているようなところがあります。教会の約束にありますが、「教会の秩序を守る」こと、ハラスメントと思われるような言葉を慎むこと、これは互いに気をつけようと思います。

2021年4月11日

バプテスト教会では牧師も一人の信徒です。牧師とは、「身分」ではなく「職分」です。牧師は、召命を受け、献身しました。そして教会からの信頼を受け、教会から委託された説教と牧会、地域伝道の働きをします。信徒は、牧師と共に主体的に役割を担っていきます。一信徒ですが、牧師の重要さが認識されます。信徒の立ち方が問われることです。また、信徒にも召命があります。日常生活の中で、家庭で、職場や学校で召命を受け、献身することがあると思います。私たちは、それぞれがイエス・キリストの体である教会の一部分です。皆が一部分であることを忘れてはなりません。

2021年4月4日

バプテスト教会は、教会員一人ひとりの意見が尊重され、多様なあり方を喜びます。それだけに一致して、一つの方向に向っていくことはかなりの難しさがあります。聖霊の働きを祈り、教会員も牧師も主のみ心がなることを深く求めて生きます。信仰の成熟が求められます。

2021年3月28日

バプテスト教会は、監督制などではなく会衆制で、総会主義をとります。総会での議決によって神様のみ心が示されたと信じる群れです。その議決に至るまで、何度も話し合いを重ねていくことが本来あるべき教会の姿です。ですからバプテスト教会は、何を決めるにも時間がかかるものなのです。役員会は、総会で決められたことを牧師と一緒に実行していくところです。

2021年3月21日

バプテスト教会は幼児洗礼をしません。主体的に信仰告白をした者の群れだからです。しかし、教会を形成していくとき、教会員の子どもたちをどう扱うかは大きな課題でした。生まれてすぐに洗礼を施すには、理由があったと思います。一つには、生まれた子どもたちにもしものことがあったら天国に行けるだろうかと考えたことと思います。1歳の誕生日を誰もが迎えることが難しかった時代を思えば、生まれてきた子どもの原罪を許していただき、教会の一員としての天国への切符をいただくためのしるしとして幼児洗礼が行われたということもあったと思います。しかし、バプテスト教会のバプテスマは、イエス様の十字架によって罪赦された恵みが先行しており、それに対する応答として与るものですから、バプテスマを受けないと天国には行けないと言うものではありません。神様の恵みは幼児にも与えられています。大切なことは、子どもたちが自ら自分でイエス様を信じますと告白し、主体的にイエス様に従っていくことです。ゆえに教会学校は大事です。

2021年3月14日

国教会を離脱した人々は、「生まれながらのイスラエル」ではなく、「新生したイスラエル」の自覚のもとに教会をつくりました。罪を告白し、信仰を言い表した者たちの群れとして、互いに教会員は、信仰の共同体を形成しました。国教会を離脱したのですから、一部の人(聖職者)に御言葉を語りことや牧会を任せるようなことをしませんでした。主に結ばれて、互いに協力し合う関係を求めたのです。

2021年3月7日

最初のバプテスト教会は、たとえどんなに小さな群れでも完全にキリストを表わしていて、天国を表わしていると告白しました。当時は、国教会が一つの教会であると言われていた時代です。国の認定した神学校を出て、正式に叙階した牧師によって指導されるのが教会であるという常識を打ち破りました。教会は、自分たちで礼典を執行し、牧師を選任することができるとしました。400年前のイギリスで起こったことでした。そして、今から約60年前、バプテスト同盟は、バプテスト連盟に10年遅れて日本基督教団を離脱し、結成されました。大阪神愛教会も教団を離脱し、バプテスト同盟に加わりました。一人ひとりが聖書を通して迫り来る神の言葉に対決し、罪を認識し、悔い改めへと導かれ、キリストの愛への応答として、良心の自由と自らの決断もって生きていく者たちの群れとして、再出発したのでした。

2021年2月28日

最初のバプテスト教会は、約400年前、亡命先のオランダのアムステルダムでジョンスマイスによって生まれました。英国国教会から完全に決別することを目指した分離派と呼ばれています。イギリスでは、教会と教会が一体となり、誕生すると幼児洗礼が授けられ、居住地の教会に登録されました。その社会秩序を破壊すると見られた分離派には厳しい迫害が加えられました。自分たちで聖書を読んで、初代教会の姿にならって、真のキリストの教会を建てようと志したのでした。スマイスは、自分で頭から水をかぶり、バプテスマを施しました。そして、仲間にバプテスマを授け、バプテスト教会が生まれました。バプテスト教会員は、自分で聖書を読み、交わりの中でキリストの体の一部となって共に働き、教会を建て上げていくことを求めていきます。

2021年2月21日

大阪伝道は、1888年、タムソン宣教師によって始められました。翌年には、堂島川田蓑橋下(今の中之島、関西電力本社のあるあたり)で大阪バプテスト最初のバプテスマ式が行われました。多くの人が橋の上から見ていたそうです。バプテスマを受けた一人は、後に横浜バプテスト神学校で学び、牧師となりました。その翌年、南部バプテストのマッコーラム宣教師が大阪に来て定住し、大阪伝道を始めました。北部バプテストと南部バプテストの間で話し合いがなされました。北部バプテストは神戸で、南部バプテストは大阪で伝道することとなりました。タムソン宣教師が忙しすぎたことが理由だったようです。大阪伝道は南部バプテストが受け持つこととなりました。マッコーラム宣教師は、教会形成を粉川町に、後に知られる東教会をつくりました。しかし、半年ほどで、南部バプテストは九州に宣教地を移し、大阪伝道はアメリカバプテスト宣教師団(ABMU)の神戸拠点の伝道地となりました。タムソン宣教師は、マッコーラム宣教師がいなくなってしまったことをとても残念に思ったようです。そして、与えられた宣教師が、神戸で英語夜学校を助けていたワインド先生でした。タムソン宣教師は43年間、大阪、沖縄、瀬戸内海で働かれました。

2021年2月14日

大阪伝道は、1888(明治21)年にタムソン宣教師によって開始されました。当時の伝道拠点は、リース宣教師のいる神戸でしたが、タムソン宣教師は、毎週大阪に通い、英語を教えながら伝道しました。その後、聖公会の宣教師だったワインド宣教師が1892年6月、バプテスト派の宣教師となり、8月にはスコット宣教師が、他女性宣教師が数名で伝道を始めました。当時はすでに他の教派の宣教師が伝道を始めていました。大阪の町の生活は、300年前の秀吉の時代のようだったそうです。しかし、近代化に向って大阪は進展し、伝道も進んでいくだろうと大いに期待していました。川勝鉄弥牧師が大阪に来て、ワインド宣教師らを助けました。