2023年4月2日

聖書の時代、病気や怪我は人の罪に対する神さまの罰である、という考え方がありました。従って症状の重さは、そのままその人の罪深さを表しているということになります。病気の人々は、社会から隔離することが旧約聖書の中で繰り返し命じられていますが、感染病の理由が分からなかった当時の人々にとっては、最善の対策であったのでしょう。しかし、防疫としての隔離は宗教的、思想的差別に結びつき、本来は癒された後に社会に復帰できるはずの人々が、差別を受けたままになったり、癒された人々自身が社会に戻ることをためらう状況が生み出されていたのかも知れません。「重い皮膚病」と訳されたギリシア語「レプロス」は伝統的にハンセン病を意味すると考えられてきました。しかし、旧約聖書のヘブライ語で重い皮膚病を意味する「ツァラート」は、ハンセン病だけではなく、皮膚病全般を意味していたと考えられています。そこで新共同訳聖書ではハンセン病と訳さず、重い皮膚病と訳しています。イエス様によって癒された十人の内、感謝の言葉を述べに戻ってきたのはサマリヤ人ただ一人でした。サマリヤ人は、ユダヤ人からすれば最も罪深いとされる異端のサマリヤ教の信仰者です。侮られ、神の救いから最も遠いと見なされていた人が、最も始めにイエス様のもとに立ち返ったのでした。より多く赦されたとの思いがある人は、より多く愛するのです(ルカ7:47)。しかし、イエス様は九人を忘れてはおらず、赦しの愛に気付かぬ彼らがいつか立ち返ることをも、待っておられるのではないでしょうか。

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