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2021年9月5日

そして今、わたしは、“霊”に促されてエルサレムに行きます。そこでどんなことがこの身に起こるか、何も分かりません。ただ、投獄と苦難とがわたしを待ち受けているということだけは、聖霊がどこの町でもはっきり告げてくださっています」(使徒言行録20:22-23)。ミレトスにようやくたどりついたパウロは、エフェソの教会の長老たちを呼び、告別の言葉を述べます。聖霊に導かれると言うことは、苦難を負うことでした。エフェソの教会の人々にもこれから始まる苦難の予告をしました。パウロは、苦難の向こうにある福音の希望と喜びを見ていました。

2021年8月29日

アテネでの宣教は、パウロが思っていたような成果がありませんでした。意気消沈したパウロは、コリントへ移りました。コリントでは、ローマから逃れてきたアキラとプリスキラという夫婦に出会いました。また、天幕張りの仕事を通してたくさんの人々と出会い、支えられたことでしょう。しばらくして、シラスとテモテもやってきました。パウロは、大胆に「十字架のイエス」を証ししました。アテネでのような「雄弁な説教を語る」方法はやめました。主の「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、わたしの民が大勢いるからだ」(使徒言行録18:9-10)の声がパウロを更に励ましました。

2021年8月22日

「すべてのアテネ人やそこに在留する外国人は、何か新しいことを話したり聞いたりすることだけで、時を過ごしていたのである」(使徒言行録17:21)とあります。何ともったいない時の過ごし方かと思います。こういう人々にパウロは、アレオパゴスの真ん中で語りました。しかし、「死者の復活ということを聞くと、ある者はあざ笑い、ある者は、『それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう』と言った」(17:32)とあります。真面目に聞こうとしない人にいくら一生懸命語ってもそれは無理なことです。福音の言葉を安売りする必要はありません。パウロは、立ち去りました(17:33)。

2021年8月15日

今日は、敗戦の日です。半藤一利さんの「なぜ必敗の戦争を始めたのか 陸軍エリート将校の反省会議」という本があります。国力20倍の国と戦争するなどということはできないと分かっていたのに日本は戦争を始めました。国家的な誤った判断を何度も重ねて、もう後戻りができなくなってしまったのが「昭和史」であったと半藤さんは言っています。陸軍が悪い、東条が悪いという単純な話ではないことが分かりました。無謀なことと分かっていながら、戦争開始を決定し、それに万歳万歳と喜んだ大勢の人々がいたのでした。教会もそれに対し、何も言いませんでした。

2021年8月8日

半藤一利さんは、中学2年生の時、3月10日の東京大空襲の炎に前も後ろも挟まれ、橋から中川に飛び込みました。船のおじさんに救い上げてもらいました。そして、自分も流れている人の救出に当たりましたが、肩をとられ、川の中に引き込まれてしまいました。夜間、水面の方向が分からず、水を2回飲んでしまい、もう終わりかと思った時、脱げた長靴がユラユラと浮き上がって行くのを見て、その方向に泳ぎ、水面に顔を出すことが出来ました。そして、別の船に助けられ、岸に上がり、ガタガタ震えていると、おじさんが履き物をくれました。あんなひどい状況にもかかわらず、親切な大人がたくさんいました。と書いています。そして、これからの生涯、二度と「絶対」という言葉は使わない、絶対に人を殺さない、絶対に自分の家は焼けない、絶対に日本は勝つ、川で溺れかけたとき、確かに私の手は誰かの手を振りほどいてしまったのですから、と。「どうしてこんなことが」という炎が燃え続けた90年の生涯でした。

2021年8月1日

私は、戦争に勝ちも負けもないと思っていますが、半藤一利さんの「なぜ明治は勝利し昭和は敗れたのか」という文章があります。つまり日露戦争は勝利し、太平洋戦争は負けたのかという意味です。簡単にまとめると、明治の中枢にいた人たちは開国の時からの経験で列強外国の強さを痛いほど知っていた、それに対して昭和の人たちは無責任で他力本願で安易な考えの方に傾いていったということです。そして、これからの日本は、繁栄を謳歌し、敗戦という辛い経験をしたことのない人たちばかりになることを心配しながら、この世の生涯を終えられました。「日本よ、いつまでも平和で穏やかであれ」。半藤さんの最後の言葉です。岡本正之さんもまた、みんなに「不戦を念じよと」、私たちに教えられたのです。

2021年7月25日

ピシディア州のアンティオケアでのことです。会堂に集まった多くの町の人々がパウロたちの言葉を喜んで聞き、主を信じました。ユダヤ人の中にもパウロたちと語り合い、改宗した人たちがいました。しかし、ユダヤの人々はその有様を見て妬み、口汚くののしってパウロの話すことに反対しました。話の聞ける人と聞けない人がいます。パウロたちは、迫害を受け、その地方から追い出されました。これをまたきっかけにして、福音は次の町へ宣べ伝えられていくことになります。主の不思議なみ業は続きます。

2021年7月18日

「バルナバはそこに到着すると、神の恵みが与えられた有様を見て喜び、そして、固い決意をもって主から離れることのないようにと、皆に勧めた。バルナバは立派な人物で、聖霊と信仰とに満ちていたからである。こうして、多くの人が主へと導かれた」(使徒言行録11:23-23)。バルナバは慰めの子という意味です。バルナバなくして、大伝道者パウロは生まれませんでした。忠実なエルサレム教会の信徒でした。迫害者サウロを教会のメンバーに紹介し、故郷に逃げていったサウロを探し出し、アンティオキア教会に迎え入れました。バルナバは、教会員の関係をつくる人でした。主から離れることのないようにとの勧めは、私たちにも語られている言葉です。

2021年7月11日

サウロの人生を変える大きな出来事が、ダマスコ途上で起こりました。「主よ、あなたはどなたですか」。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである」。「サウル、サウル」とイエス様からの優しい呼びかけの中で、強い光で目が見えなくなり、自分一人で歩くことさえできなくなったサウロは、こうして主のお働きによって、回心したのでした。ただただ主の恵みでありました。

2021年7月4日

「わたしたちの主イエス・キリスト御自身、ならびに、わたしたちを愛して、永遠の慰めと確かな希望とを恵みによって与えてくださる、わたしたちの父である神が、
どうか、あなたがたの心を励まし、また強め、いつも善い働きをし、善い言葉を語る者としてくださるように」(Ⅱテサロニケ2:16-17)。この言葉は、高慢に振る舞い、自分を神とする不法の者が教会をかき乱すことを知って、パウロがテサロニケの教会のために祈り続けた言葉です。教会はいつの時代もサタンの力に襲われています。互いに祈り、励まし合っていきたいと思います。